2月19日のチョコレート・ソルジャーズ
(↑のスピンオフの形で書きました。Me怖の許可はもらっています。)
-------------------------------------------------------------------
学校はオレンジ色だった。
「チョコレート・ソルジャーって知ってる?」
テスト期間に入った教室には運動部の声も吹奏楽部の音も聞こえてこなくて、ストーブの音がジリジリと鳴っていた。
「何それ」
洋画や洋楽が好きな彼女の言葉はいつも知らないものばかりだ。急に話しかけられてどこまで読んだか分からなくなった英文を、再び少し前から読み直す。
「戦いたがらない兵士のことらしいんだけど、」
「ふーん」
「私たちってチョコレート・ソルジャーじゃない?」
握っていたシャープペンシルの芯が軽い音を立てて折れた。陽菜が何の事を言っているかはすぐに分かった。五日前の、バレンタインのことだ。
バレンタイン当日、好きな人に告白できなかった。傍から見ればその程度の話。けれど自分にとっては一世一代の機会だった。現に五日経った今でもずっと心残りで、テスト期間でなければ集中するものもなく落ち着かなかっただろう。
恋は戦争、なんて大袈裟だと思っていたけれど、その日ばかりは戦争かもしれないと思った。彼の下駄箱に詰められた色とりどりの箱を見てしまったから。モテることを知らなかったわけではない。私だってそんな彼を好きな一人だ。嫌でも情報は入ってくる。
彼に直接告白した人がいるらしいと、昨日噂で聞いた。噂の真偽は分からないが、重要ではない気がした。そんな噂を聞いてからでなければ焦ることもできない私など、はじめから勝負にならないのだから。
そんな自分を形容する言葉が「チョコレート・ソルジャー」だなんて。なんて皮肉めいた言葉だろう。クリスマスに好きな人を誘うことができない人を「チキン」と形容するようなものだ。いや、クリスマスは七面鳥か。
恋の戦争に参加しきれないまま待機していたら商業戦争の流れ弾に被弾したチョコレート・ソルジャー。少しだけカッコよく言ってみても要は臆病なだけだった。作ったチョコレートも家に帰ってすぐ捨ててしまった。
しかし、「私たち」?
「ねえ、陽菜」
「あ、終わった。なに?」
「……いや、なんでもない」
陽菜は数学の勉強に一区切りがついたようで、徐に音楽プレーヤーから音楽を流し始めた。いつものような洋楽ではなくて、自分も聴いたことがある邦楽。何かのCMソングだっただろうか。陽菜の話には、なんとなく触れられなかった。
すっかり集中力が削がれてしまって、もう英文を読むどころじゃなかった。今回英語の範囲はいつもより簡単だったはずだし、問題作成も山木らしいのでいやらしい問題も出ないだろう。きっと平均点以上はとれるはずだ。
テストひとつに対しても集中できないのに、来年の受験に向けてなど勉強できるのだろうか。三年生0学期なんて先生たちは言うけれど、今は「二年生の後期」だ。受験に向けて準備など出来ない。そもそも二期制を採用しているのに0学期などと言うのはおかしな話だと思う。
「何の曲?」
「この間やってたドラマの主題歌」
「ああ」
春には他愛ない話をしてる余裕もなくなるのかもしれない。ならば恋愛なんて尚更している余裕はない。そう考えるとやはり今年のバレンタインがラストチャンスだったのではないだろうか。
思えば中学生時代からずっとそういった機会を逃してきている。中学1年の時に好きだった先輩にも、3年の時に好きだった部活の同期にも、想いは伝えられなかった。もしかしたらこれからもそうなのではないかと思うと、少し不安になった。
「……ずっとこんな風に彼氏もできずに過ごすのかなぁ」
「……そしたら私が貰ってあげるよ」
「その時はお願いします。でも陽奈なら、すぐいい人見つかると思う」
「大学入ったら勉強一筋のつもりだからどうだろうね」
笑って話す彼女には不安の色は見えない。好きな人にはチョコを渡せなかったのだろうが、陽菜は可愛くてモテるのだ。自分も本当に心配などしていなかった。
何より夢を持っている彼女は、魅力的だ。
「いつのまにか虎になってるかもね」
「それでも気づいてくれるでしょ」
「流石に声だけじゃちょっと」
発狂して虎になってしまうほどの勉強はきっと私にはできない。陽菜ほどの可愛さも好きな人に告白する勇気も、夢も持ち合わせていない。
それでも親友とのこの他愛ない時間を過ごせている自分は悪くないと思う。
温かい時間が、彼への想いをドロドロに溶かしてくれればいい。本当はゴミ箱に捨てて燃やされればいいけれど、跡形もなくなるのも少し寂しい気がした。
あと一か月足らずで、ホワイトデーが来る。その日、杉原君が他の誰かにお返しを渡している姿を見たりなどしたら、また憂鬱になってしまうだろう。だから、しばらくの間はこの状況に甘えていたい。親友と二人で臆病な自分を慰めあうこの状況に。
「ありがとね」
「ん、こちらこそ」
「……陽菜は、誰に渡せなかったの?」
「内緒」
教えてもらえないのは少し寂しいけれど、それ以上はやはり触れなかった。突き放すような口調でも顔でもなかった。ただ少し笑って窓の外を見てしまった。やはり陽菜は笑う顔も横顔も可愛い。
大学に入ったら、大人になったら嫌でも変わってしまうのかもしれない。チョコを渡せなかったなんてちっぽけなことで悩まなくなるのかもしれない。その時、私も陽菜も幸せになっているといい。誰かの隣で臆することなく想いを伝えあえるようになっていてほしい。
この恋心の残滓がその時まで少しでも残っていたらいいとも思う私はやっぱり臆病だ。しかし、チョコレート・ソルジャーなんて言葉も少し可愛く思えてきてしまった。
「私がチョコレート・ソルジャーで陽菜もチョコレート・ソルジャーなら、二人でチョコレート・ソルジャーズだね」
「そうだね」
2月19日のチョコレート・ソルジャーズ。明日にはテストが控えている。目の前の敵を倒すのが最優先だ。テストが終わったら、週末にもう一度チョコを作ろう。
陽菜の好きな少し苦めのやつを。
-------------------------------------------------------------------
4/14はブラック・デーなので僕はそちらに参加します。
written by 夜が怖い