北北北

ひばかり①

こら「ひばかり」じゃ。噛まいだら、「その日ばかり」の命じゅうて。捨て置き。

 

田舎のジジババの情報は、なかなかアップデートされないものだ。「ひばかり」という名のその蛇は、かつては毒蛇だと思われてきたが、実は無毒であるということを僕は知っている。ジジの警告をよそに、ひばかりを持ち上げ、左手に這わす。茶色とも黄土色ともつかない鱗は、スベスベの中にサラサラがあるというか、なんともたとえ難い、あえて例えるなら「蛇革」としか言えない感触。「コピック」の半分ほどの細さしかないであろう胴体にも筋肉は詰まっているとみえて、貧弱な見た目の割には力強く指に絡みついてくる。

いつの間にかジジは、反対側の畔にまで到達していた。仕事が早い。僕なんかおれんくても、午前中にこの1アール分は済ましてしまうんじゃなかろうか。男の仕事は静かだ。仕事に対面するとき、男はそれのみに奪われてこそ本物である。モンペを洗いながら今年の胡瓜の処遇について話し、トマトを収穫しながら「年下の男の子」を熱唱し、ズッキーニを刻みながら甲子園を見ながら猫と会話するババとの決定的な違いは、ここだろうと思う。もっとも、それは女の仕事が生半であるということではなくて、男には並行作業をするだけのメモリーがないということである。要するに、不器用なのである。

 

こら「ひばかり」じゃ。捨て置き。

 

対岸にいたはずのジジは、いつの間にかこちらへ戻って来ていて、汗を拭き拭き、僕に再度警告した。そして、黙って次の往路に取り掛かった。やはり仕事が早い。そして、デキる男は無口だ。というよりは、男は無口でなければデキないのだろう。かく言う僕も、ひばかりを取り扱いながら雑草刈りができるほど、器用ではない。二度目の警告をレッドカードとありがたく受け取って、ひばかりを麦わら帽子の日陰におさめながら母屋へ戻った。

 

ガレージから虫かごを引っ張り出してきた。サイズ的には水槽に近いか。何を隠そう、僕は小学校の6年間に毎年コクワガタを獲っては飼育していたのだ。それも一度に10何匹。クワガタなんてのはオスにしか興味がなかったもので、虫かごはまさにバトルロイヤル・修羅道の様相を呈し、秋口には一匹しか生き残っていなかった。んでもって、僕は秋口になると急にクワガタに興味が失せ、世話を怠り、残る一匹も遂には餓死してしまうのが常であった。昆虫に怨念があるとすれば、それはもう凄まじいものがあるだろう。それはさておき、このサイズなら、ひばかりを飼うのに丁度いいだろう。とりあえず、手拭いの切れ端を入れ、ひばかりを入れ、蓋を閉めた。

 

居間に降りると、卓には素麺と浅漬けが並べられていた。ジジは縁側で氷水に足を漬けながらアイスキャンディーを舐めている。

「あら、暇だんだら箸ならべてくいね。しょっぱかったら水たして」

と、ババからの要請。ババは獅子唐を揚げながら茗荷を刻み、左足で器用に猫を土間へ追いやる。五人分の箸を並べているうちに、母が帰ってくるなり僕に告げた。

「ゆうこちゃん、帰ってきてるってよ」

 

つづく

 

文責:他学部が怖い 改メ MeTooが怖い